# それぞれの子の課題に沿った解釈の仕方だから

> 昨日のブロクで 出来事をどう捉えるかは あなたの意思の自由次第 と、お伝えしましたが 親から慈しみを持って接してもらっても 何にもやってもらえなかった と、取る子もいるというお話でした 昨日のブロクはこちら 子はね、その子なりの感性を持っ…

- URL: https://bright-moon.tokyo/blog/4HC9s/
- 公開日: 2015年3月21日
- 更新日: 2026年11月2日
- 著者: 松崎 有里（https://bright-moon.tokyo/profile/）
- テーマ: 親子・家族

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昨日のブロクで  
出来事をどう捉えるかは  
あなたの意思の自由次第  
と、お伝えしましたが

こんばんは  
**Ｂｒｉｇｈｔ　Ｍｏｏｎ　松崎有里**です

親から慈しみを持って接してもらっても  
何にもやってもらえなかった  
と、取る子もいるというお話でした

昨日のブロクは[****こちら****](/blog/Y0BQe/)

子はね、その子なりの感性を持って  
親にやって欲しい態度を  
期待してしまうんですよね

そして、その期待したやり方で  
接してもらえなかった時に

**失望した**  
**裏切られた**  
といった思い込みが出来てしまうのです

それを思うと  
親としては、頑張って子育てをしているのに  
どこかやり切れなさが残りますよね…

子は親の態度を見て  
持って生まれた課題に沿った感情が  
芽生えやすい

その子がそういう風に感じなくてはならない  
課題なんですね  
前世から持ち越したもの  
ってやつかもしれません

それは  
干渉、コントロールからの  
脱却かもしれない

見捨てられ感が培われ、依存が強くなった子は  
愛を学ぶ課題かもしれない

裏切り、失望感を得てしまったのは  
将来、支配する側  
上に立つ側を学ぶ課題かもしれない

だから、親がどういう態度で接しようが  
その子のなりの感性で  
その場を解釈してしまうのだから

これはもう、仕方がない話でもあるんですよ

![](https://strapi-images.bright-moon.tokyo/cdn-cgi/image/width=800,format=auto,onerror=redirect/1/t00940170_0094017013251337303_16ed194e45.jpg)

親子はまず、タイプの違う者同士の組み合わせ  
生き方の癖の違う者同士だから

例えば  
親は言葉よりも  
行動で愛を示していたけれど

子はただ単に  
言葉が欲しかっただけ  
ということが起こったりします

どちらが悪いうわけでもなく  
それぞれの人が  
どこに価値を置くかの違いなだけ

お互い、根底には  
深い愛情があるわけですね

だからね、親として出来ることといえば  
なるべく子供の意向に、耳を傾けてあげる  
ってことなんだと思うのです

寄り添うことが重要になって来るのでしょうね
