# 自分の姿を客観的に見られない人たちとは

> 幼少期からの苦しみや 劣等感がものすごく強い人というのは 現実の苦しみから逃れる手段として 自分に都合の悪いことは 完全に見えない、聞こえない、という現象が起き 私はすごい、という 自己陶酔型の逃避に走ることが多いです そのため 客観性に…

- URL: https://bright-moon.tokyo/blog/D0DzC/
- 公開日: 2020年12月3日
- 更新日: 2026年11月2日
- 著者: 松崎 有里（https://bright-moon.tokyo/profile/）
- テーマ: ココロのこと

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幼少期からの苦しみや  
劣等感がものすごく強い人というのは

現実の苦しみから逃れる手段として  
**自分に都合の悪いことは**  
**完全に見えない、聞こえない**、という現象が起き

私はすごい、という  
**自己陶酔型の逃避**に走ることが多いです

こんばんは  
Ｂｒｉｇｈｔ　Ｍｏｏｎ　松崎有里です

そのため  
**客観性に著しい欠損が生じている**  
人間になってしまいます

客観性を欠くということが  
どのような恐ろしさを招くかというと

例えば、親の自分は  
**子供に親の威厳を見せることができている**  
**尊敬されている**  
**愛されている**  
くらいに思い込んでいたけれど…

実は、思いっきり憎まれていた  
なんてことになりかねません

それが顕著に見えてくるのが  
親の自分が、いざ介護状態になった時です

その瞬間、パワーバランスが逆転し  
昔、親にやられたことを  
子供が返してくるといいますから

虐待した親は、子供から虐待される  
子供をイライラの吐口にしてきた親は  
イライラをぶつけ返されてしまう  
ネグレクト気味だった親は  
子から見放される、という

介護や弱ってきた時を期に  
親子の逆転が起きてしまいます

そうなった時に初めて  
自分はこんなにも  
子供から憎まれていたのだ、と  
絶望におちいるのです

しかし、それすらも持ち前の逃避で  
都合良く解釈してしまいます

客観性の欠損というのは  
それほど

**○ 相手のことが見えていない**  
**○ 自分の行動に対しても**  
　**私が悪いなんてこれっぽっちも思っていない**  
**○ 自分自身に対しての評価が相当甘い**  
**○ 他者の能力を見抜けないので**  
**付き合う人間関係も変な人を選ぶ**

ということが起きます

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私が学生の頃の話ですが  
クラスで特定の誰かの悪口を  
大声で言いまくっていた女子がいまして

本人は、きっと  
私はこの場を支配しているすごい人間なんだ、と  
思い込んでいたのでしょうけれど

大声で周りを威圧していて  
ただの下品なヤンキーだわ…  
悪口を言いまくっているその姿を  
誰がカッコいいと思うんだ？

…という  
私みたいな感想を持つ人間もいるんですよね

自分の姿がいかにおかしな人間として  
他者の目に写っているのか  
客観的に見ることができていない  
良い例の人だな、と感じます

当時、心底カッコいい  
これこそリーダーだよな、と思った女子は  
人に対して優しくて、自分に自信があって  
凛としていた子ですものね

自己評価と他者から見られている姿の  
ギャップがすごい人、というのがいるので

なるべく、自分の姿を  
客観的に見られるよう努力した方が  
恥ずかしい思いをしなくてすむ気がします
