最近、恋のネタが続いていますが
今日も、恋愛ネタで一つ

(このところ、ボンヤリしているので
ネタがイマイチ浮かばず、なもんで…汗)

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

ところで
親になるとよく

自分が子供の頃に、したくても出来なかったものを
子供にやってあげたい

という感情が生まれる人も、多いと思うのです

うちの母もね
小さい頃、習い事をしたくても我慢していた人だったので

私に、ピアノやバレエだったり
女の子らしい、可愛い服を着せたくて
仕方がなかった人なんです

母として、それをやってあげることが
子供の幸せだと思っていたんですって

けれども、小さい頃の私は
これらを、ことごとく反発していたわけです

ピアノは苦痛で逃げ回っていたわ

(私、音大出なので、受験の際には慌てましたよ。
子供の頃から、ピアノ続けておけば良かったー! と
後悔しましたよね…)

バレエは
あんな女っぽいフリフリの衣装着れるかー! と、反発し

普段着で、可愛い服なんて気持ち悪い…と
ズボンばかり履いては、父に怒られていたし

散々でしたよ…

もちろん、母の愛は重々分かっていて
とても有りがたいのですが
私の意向に沿ったものではなかったので
反発を招いたんですよね

恋愛でもね
上記のような現象が、起こるのだと思います

要するに、自分と似たような感情の持ち主としか
恋愛感情は共有しませんから

目の前の恋人から
例えば、悲しい気持ちを打ち明けられたとしたら
救ってあげたくなるし

相手が幸せになるように、と
努力したくなる

でも、これは
恋人の悲しい気持ちを聞いて
自分の心が、動かされた部分でもあるわけです

自分の気持ちが
一部、掘り起こされたわけですよ

だから
自分の気持ちを通して、恋人を見ている

いわゆる
自分自身を相手に投影して見ている
という現象が起こっているわけですから

結局、根底では

自分の心を救いたい
自分自身を幸せにしたい

という気持ちも、働いているのだと思います

もちろん、うちの母みたいに
子供にやってあげるというのも
大いなる愛の内の一つだと思います

私の友達も
お母さんが作ったお弁当を
隠して食べていたという、悲しい過去があって

自分は、ちゃんとやってあげたい
という気持ちもあって
料理人になり

今は、子供に
美味しいお弁当を作ってあげていますから

自分の願いが叶わなくて、悲しかったことが元になった愛でも
素晴らしいと思うのです

この心のメカニズムの意味を

自分を救いたいと取るのか
子や恋人に対する、大いなる愛と取るのか

議論すると、難しい話題になりそうです