自分て空っぽだな
何一つ、自慢出来るところがないな、と
こんばんは
Bright Moon 松崎有里です
このように思い込んでいる人は
(本当は、みんな
その人にしか出来ないものを
持っているのにね)
まずは、外側から固めようと
外見を気にし
評価を気にし
認められることに、必死になってしまい
外側を補完するために
奔走しがちです
褒めてもらうために
必死で、自己像を作り上げるわけですよ
そこで、あまりにも褒められないと
自分で持ち上げていくしか
なくなっちゃって
自分のことを、自ら評価しちゃったり
するんですよね
〇〇をやってのけたオレって
すごいだろ
とか、なんとか…
このように、自分を評価をするのは
誰も、持ち上げてくれない
見てくれない、という思いと
自分がやってきたことが
そこまで、すごいと
本人自身も、実は思っていないんですよ
それを分かっているからこその
劣等感による
過剰な自己評価です
ようは、自信がないことを
実は、とってもよく分かっているから
それを知られることが
何よりも恐ろしくて
周囲に対し、見栄を張って
本当は、他者が評価するはずのものを
自分が口にしてしまうのでしょう
それによって
「そうだよね
あなたって、すごいよね」
という、賞賛を期待するのでしょうが
期待したほど返ってこないことで
ますます、満たされない欠乏感が
出来てしまうのでしょうね
もちろんね
外側を綺麗にすることだって
努力がないと出来ないことですから
褒められると、嬉しいですけれど
中身が空っぽだと、思い続けながら
外側にこだわる、生き方だったとしたら
それは
だんだん、しんどくなりますよね
「本当は、自信がないんだよねぇ
ま、しょうがないよね
それを、乗り越えるために
努力を積んでるしさー」 と
あっけらかんと
笑って言える位の人の方が
自信がないことを
恥ずかしいことだと
思っていない強さと
誰にも左右されない軸を
持っている、ということでしょう

そもそも、自信がないって
そんなに、恥ずかしいことでしょうかね?
劣等感を抱えている人にとっては
本当の自分を、さらけ出せない
怖さがあるのでしょうけれども
人間なんですから
心底、自信を持っている
という人の方が
少ないと思いますよ
それよりも、そこを
もがきながらでも
どう乗り越えていくか
それを、完全に諦めてしまった人の方が
残念でならない気がします
もがいて、必死に向かっている人に対して
人って、けなすように笑うでしょうか?


