人は自分の見たいものしか見えておりません
こんばんは
Bright Moon 松崎有里です
どういうことか
私のブログで、例を挙げてみます
毎日、読んで下さっている読者さまもいるわけですが
よくあるのが
今のあなたの心情に、ピッタリだと感じる文章は
脳裏に鮮明に残ります
他の箇所は
読んでいたはずのに、記憶の彼方なのです
そして、同じ記事を数ヶ月後に読み返したとします
すると
「あれ? この人、こんなことを書いていたっけ?」
このようなことが起り
新たに認識し出すのです
自分と同意見のものや
自分の見解を、後押ししてくれるような文献以外は
見えている、読んでいるのに
脳が認識しない、という
自分に都合よく出来ているのです
これをふまえると
人間関係も一緒です
とある人間をよく観察します
その人、Aさんは
とても良い人間性を兼ね備えています
仕事だって、出来る人かもしれません
でも、Aさんには
一つの厄介な癖があった
そうすると、Aさんを見ているその人の中で
そこばかりがクローズアップされ
良い人間性の部分に
だんだん着目しなくなって来ます
Aさんの良い部分は、見えているのに
脳が認識していない
そして、Aさんの厄介な癖ばかりが
大きく見え
やっぱり、Aさんはダメな人だった!
このように、評価が下されてしまいます
こういう風に
Aさんを、ダメな人扱いしたい人の心の中には
常に
不安や嫉妬、怒り
世の中の常識という価値観を
がちがちに持っているような、柔軟性のなさ
こういったものを、持っているかもしれません
Aさんはあの癖を持っているから
世の中の常識と外れていて、ダメな人だよね
と公言するのは
これは
あなたの中にある、不安や価値観に沿ったジャッジであり
人は自分のジャッジを
絶対に間違っていない、と証明したがるのです
だから、その不安に沿った部分だけを
Aさんの中からクローズアップして
やっぱり自分の考えは間違いなかった、という思考を
強めてしまうのです
上記と同じように
他者の良い部分を見付けることが出来たり
人への優しさ、愛情深い人などは
Aさんの中から
これらを見付けることが出来ます
なぜなら、この人は
優しさを自分の中で大事にしていて
その価値観が、素晴らしいことを証明するために
Aさんの中からそれを探し
ほら、やっぱりね、と認識するのです

一連のことをふまえると
Aさんに対する評価が、人それぞれ違う
ということが起ります
私のブログを例として挙げた、あの現象のような
数ヵ月後に
Aさんて、こんなすごい部分があった人だっけ? ってことが
新たに認識されるかもしれないのです
一面だけで
それがAさんのすべてだとを決め付けると
全体像がぼやけてしまいます
見えていない、認識出来ていない部分にこそ
Aさんの本当の良さや凄さが
隠れているかもしれないのにね


