こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

マウントを取る、取られた
という世界にいるひとは

取る、取られた
どちらのひとも
根底に抱えているものは
同じテーマです

マウントを取るひとはもちろん
それをすることで
自分がひとよりも
上にいきたいという心理ですが

そもそもは
親から十分な愛情や承認を得られず
自分は価値がないと
感じやすくなったため

大人になっても
他人より優れていることを示さないと
自分の存在価値を
確認できない

という思いに駆られるため
マウントを取るのを
やめられないのです

じゃあ、私は気が弱く
マウントを取られてばかりなのに

マウントを取るひとと
根底が一緒のテーマとは
どういうことなんでしょう?
ってことなんですが

マウントを
取られがちのひとの幼少期は
親が支配的、権威的であり

自由がきかなかった
意見を言えるような
家庭の空気感ではなかった
というような環境で育ったひとが多く

幼少期から支配され
コントロールされてきた
感覚があります

そういうひとが
たとえば、結婚をして
パートナーができた

子供が生まれる、などという
タイミングがくると

自分が親からやられてきたことを
パートナーにぶつける
あるいは、子供に対し
やってしまうという

これまでかくれていた
もうひとりの自分が出てきます

社会における人間関係では
気が弱く
マウントをとられていても

家庭内では
マウントを取る立場に
立っていることがあるため

気の弱いはずのあなたに
マウントを
取ってくる相手が
人生のあちこちで現れるという

自分でも気がつけていない
かくれている自分の姿を
見せつけてくるような相手が
出現するんですね

こうしたことからも
気の強いひとと
根底は一緒のテーマを抱えている
ということなのです