人間だから、相手に対して
「やって欲しい」 の視点が強いのは
しょうがない話ですね

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

けれども
やって欲しい、の前に
自分の方こそ、相手に
「やってあげているのか」
とも思います

これを忘れた人々は…

彼氏なんだから
私にお金をかけるのは、当然でしょ?

彼女なんだから
俺の都合に合わせてれば、いいんだよ

なーんてことを
心の片隅に隠していたりする人もいます

こういった気持ちが強いと
結婚してからも
相手から、どれだけやってもらったか
が、基準になっている夫婦
ということですから

だんだん、摩擦が
生じてきてしまいますよねぇ

いかに、自分が家庭内で
居心地良くなるためには、どうするか
ということで

相手のために、やってあげたい
じゃないんですもの

自分の心が
どこかぽっかり空いている状態だと

相手から過剰搾取していることに
自分でも気付かず
突入していたりするんですよね

私は思うのです
相手のために、やってあげる自分
なんの見返りも求めていない行動

これが出来ると
自分て結構すごいな
って、心の底から思えてくるんですよ

やって欲しいって気持ちは
相手に対し
過剰に期待しているってことですから

でも
相手が、あなたの期待に沿った行動を取るとは
限らないんです

期待が過剰なほど
やってもらえなかった時の
絶望感に打ちのめされますね

さらに
相手を自分の良いように行動させようと
コントロールしようということに、力を注ぐため
ものすごい疲労感が残ります

そして
やってもらって当然、という
自己中心的な考えが、逆に

自分が相手のために
何もしてあげられていない、という
無力感、力のなさを味わうことになり

結局
こういった感情が
自分自身に、罪悪感などの形で返ってきて

どんどん、自分を
嫌いになっていったりするんですよね

これらの感情が
自分自身にはね返ってきてしまう

だったら
こういう生き様だったなら
私は、自分を恥じる行動ではない! と

自分自身が
納得出来る行いに、変えていった方が
自分が一番

清々しくいられるんじゃないか

と、思うのです

自分が良いと思って行動した意味が
相手に伝わらず
悲しみに打ちひしがれたり、など
時にはあるのですが…

一つ言っておきます

自分がやった良い行いというのは
必ず、別の形で返って来ます

これ、生きる上での
絶対的な法則として
ありますから

良い行いをしておけば
どうせ返ってくるんです

そして、その行動が取れる自分のことも
好きになれるんです

だったら
人から搾取する方ではなく
与える方に回った方が

余程、気持ちが良い人生になって行くのでは
ないでしょうか