私の知人にですね
昔から、やたらと
友達がいないことを主張してくる人がいます

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

ま
私も元々は、一人になりたがる人間ですから
友人の数が多いか? と問われれば
多くはないよなぁ…といったところですが

この知人の場合は
本当に限られた数人のみ、なんですね

友達がいないことについて
私だったら、孤独を連想しちゃいますから

友達がいない、と
あんまり大々的には言えないよなぁ
なんて思っていましたので

知人の、友達いない主張が
なぜそんなに声を大にして言うのか
不思議でならず

なんだか、それを言っている時の知人が
いつも必死に見えてしまうのです

でも
知人にとってみたら
友達いないんだ、と話すことに
実は、隠れたメリットがあったんですよね

この人の他の会話を、よくよく聞いていると
どうやら

自分を被害者に仕立てあげる傾向の
言葉を選んでいるんですよ

ようは
周りからの同情心を惹きたいんですよね

友達がいないことを
カラッと言い切る人だったなら
さっぱりしていて良いわ、という気持ちが
後味として残るものだと思いますが

どうも、知人を前にすると
なぜだか、気持ち良くそう思えない…

同情して欲しいって気持ちが
深層心理に隠れていて
それが滲み出ている会話をされてしまっているから
ということなんでしょうね

同情して! 
なんて、主張が隠れている会話をされ続けても
同情出来ないのが、正直なところですが…

このように
本人がいくら言葉を取りつくろっていようと

人は本能的な感覚で
相手の本音を、薄々感じ取ってしまうものなんですね

だから、私
知人と一緒にいても
なーんか、違和感を感じまくっていたのでしょうね

この人の行動、言葉は
悲劇のヒロインになりたがっている感じですから
(正確に言えば、男性なのでヒロインではないのですが)

だから
知人の現在は、必然的に
悲劇のヒロイン人生になっていますよね

潜在意識ってね
人の気を惹く為に
正確に言うと、家族の気を惹く為に

問題を起こしたり、病気になったり
こういったことを引き起こすパターンもあります

本人が無自覚のうちに
問題が起るような選択を
小さいながらも積み重ねて来た、ということなんですよね

だって、そうなった方が
その人にとってみたら
得することだったりするから
なんですね

それにしても
同情心を惹く為に、友達がいなくて
問題を起こして、病気になっている、という人生だったとしたら
体がもたないでしょうから

早く、被害者意識を持っている
自分のことに気が付いて
自然体な態度で
言葉を繰り出せるように訓練する方が

余程、人に気持ちよく好かれるのではないか?

ということを
学んで欲しいな、と感じます

友達がいないということについて
私には、孤独という価値観が出来上がっていますが

知人には、それが情けを集める手段となっている

このことは
当たり前という常識や、価値観が
人によって、こんなにも違うという
良い証明でもありますね

当たり前は
当たり前なんかではないのです