人は、自分の姿を分かっているようで
ほとんど分かっていないものですが

トラウマを抱え
認知の歪みが起きている人は
自分が他者に見せている姿を
第三者視点で見て、分析することが
難しいようです

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

トラウマを抱えてしまう子の
家庭環境というのは
素の自分がする発言や行動を
親から否定されることが多いため

自分が間違っているのだ、と
感じてしまい
比較的、安定した親から育てられた子に比べ
感覚がズレて育ちます

例えば、花を見てきれいだと思ったから
親に聞いてほしくて
伝えたところ

親の虫の居所が悪いために
それだけのことで怒鳴られる

こうしたことが
日常茶飯事だったりすると

花がきれい、という感覚から
花は邪悪だ、という感覚に
すり変わったりします

私が好きなものの話をするのは
いけないことなんだ

話すと制裁を加えられるから
話すこと自体が危険
してはならないものなのだ

このような流れで
思考が極端な方へ歪んでいくのです

話すことは
お互いを深く知ることができ
心温まる時間の共有
という認知の人もいる中で
歪みがあるとつらいですね

人間関係や様々な出来事の中で
終始このような調子で
感覚にズレを生じさせながら生きているのが
認知の歪みですが

親が何をやっても怒鳴ってくる

自分の方が上だとばかりに
子供の言うことを
否定して押さえつける

このような親の姿から得るものは
人や世の中は安全ではないんだ
という感覚ですから

世の中の人の言動全てが
自分を傷付けてくるよう見えてしまう

このように歪みが起きてしまうのも
仕方がない話です

そうすると、例えば
とある人がただボーッと
立っているだけなのに
私のことをにらみながら立っている、と
見えてしまったり

普通に話しかけられただけのものにも
言い方が私に対するイヤミに聞こえる、など

何事も曲がって見える、感じる
という世界で生きていますので
自分のことも
正しく見えていない人がほとんどです

安定的な精神状態で生きてきた人だって
自分のことは
15%くらいしか分かっていないのが
事実です

例えば、どうしても
達成できないことがあったとして
なぜなんだろう? と、考えるのですが

人というのは
自分に都合のいい事実にしか目を向けず
正当化するものばかりを挙げていくため

出来ないことの理由を
理解していないどころか
傷付きたくないから
事実を見ないようにしている
なんて人が大多数です

本当の自分の姿
出来事に対する認識を
正しく受け止めている人など
ごくわずかなんですね

幼少期、怒られ過ぎた結果
もう誰からも傷付けられないようにするため
極力、人と関わらないか

あるいは、自分を強い人間に見せるために
自ら喧嘩をふっかけていく
支配的な姿を見せる、など

こうしたものが
自分を守るための方法になっている人が
多いですが

いずれも、良好な人間関係を築くのに
苦労されています

良好なものを築けないのは
どこに原因があるのだろうか?
何が足りないのだろう?

この質問に対しても
自分を正当化する原因を思いついており
結局、人生が変わっていない人が
ほとんどです

正当化することで
心を安心させることも必要ですが

自分の本当の姿を理解して
出来事に対する真実を
受け止めるていかない限り
理想の自分は手に入れられませんし

認知を正しく捉えるための
脳の訓練にも
つながっていかないです

脳の訓練は、視点を変えていくことを
日々、重ねていくしかなく
鍛錬していけば

出来事の見え方が
これまでと何か違う
人が私に優しい

世界が変わって見える
幸せな体感覚で生きることが出来ている

こうしたものが手に入ります

認知が歪んだままだと
つらい思いを続けながら
一生を終えることになってしまいます