親に育ててもらったやり方が
あなたの価値観、基準と
なってしまいますから

そこから外れているだけで
人というのは
相手のあのやり方は良くない、だとか
批判のジャッジが入ってしまいますね

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

例えば、親が子供に
常に気を配っているような
言葉をかけていた

そうすると、その子は
人には、気遣いの言葉を出すのが喜ばしいこと
という価値観が出来上がるでしょうね

すると、誰かに悲しい出来事が起こった時
心配する態度や言葉を
真っ先に出すのが礼儀であり
相手を思いやっていることなのだ

という価値観のもと行動するのが
この人にとっては、正解の態度
ということになってしまいますね

はたして、本当に
心配する態度をあからさまに出す人だけが
正解なんでしょうか?

世の中には
自分の話題が、場の中心になって欲しくない
個人的なことを
自己開示したくない人もいますね

そんな価値観を親から受け継いだ人は
悲しい出来事が起こってしまった、その人の話が
場の中心になっていくことに
抵抗を感じるかもしれません

話を大げさにしないよう
周囲に広まらない方がいいかも、と
相手のことを思い、そっと見守ることで
気遣っているかもしれませんね

ハッキリとした言葉がない以上
この人のやり方は
「大丈夫?」 と、真っ先に声をかけるのが礼儀だ
としている人から見ると
素っ気ない姿に映るかもしれません

けれども、素っ気ない姿のその裏で
こんなにも相手に対する思いやりが
隠されているのに

その愛情にも
気付いてさえいないわけです

人って、自分の価値観通りに
行動してくれる人だけが
良い人、スゴイ人、という評価になっていて

それ以外の行動を取る人のことを批判して
自分の中から
排除してしまいがちですが

批判して排除してしまった、その人が
裏でやってくれている気遣いを
見つけることが出来ずにいるのですから
なんてもったいないんでしょうね

「大丈夫?」 の声の掛け方にもよりますが
大げさにすることで
話ってのは、広がってしまいますから
広がらないよう、そっとしておくのも
愛ですからね

「大丈夫?」 と声をかけている人を
はたから見て
偽善だな、と感じている人だって
中にはいるかもしれませんし

声をかけるのはもちろん
優しさ、思いやりの行動ですが

そうじゃない人だって
いろんなことを考えて
相手にとって、どれが一番良いのだろう
という態度を、その人なりにやっているので

こういう人の中からも
愛情を感じ取っていく、努力をしましょう

あなたが持つ価値観だけが
絶対的な正解じゃないんだよ
ということですね