私の感覚や細胞に残っている
記憶の話
こんばんは
Bright Moon 松崎有里です
おそらく
私が生まれてから
まだ言葉が発せられなかった時期
おぎゃーと泣いて叫んで
大人に、いろいろお願いするしかなかった時に
おっぱいが欲しいのに
分かってもらえない
だっこを求めているのに
おもちゃでごまかされる、とか
私が泣いて要求しているものとは
違ったものが
返ってきていたのではないか?
というのが
感覚として合致します
だから
小さい頃の私は
すごーく、ワガママだった〜!
望みが叶わなかったら
叫んでいたし(笑)
言葉を使うようになってからも
乳児期に、泣き叫んで
分かってもらおうとしていたことの
延長線をやっていましたよね
こんな子、親は大変だったと思うのです
この、叫ぶって行為は
「私が望んでいることを
ここまで声を大にしても
あなたたち大人は
理解出来ないワケ?! 」
という
意味が込められていましたしね
まあ、実際
大人になった今でも
うちの母親に、言葉で伝えているのに
私の思惑を分かってもらえない
トンチンカンな時がありますから
言葉を使っても
人とのコミュニケーションは
この始末です
乳児期の
泣くだけのコミュニケーションの時は
このトンチンカンが
もっと顕著に出ていたでしょうしね
言葉が発することが
出来ない頃の私は
そりゃ、ストレス溜まりまくりだったでしょう
だから、言葉を発するようになったら
もう、ストレスを溜めたくない!
とばかり
要求する時は、とても強く
突き付けていたんだと思うのです

うちの父はですね
体が弱った今でも
声だけは、馬鹿デカイんですよ
この人も、要求する時
本当にして欲しいことを
大人に分かってもらえてなかった
名残なんだろうなぁ〜
だから
人生全般、ずっと
叫び続けることになったんだな、と
見ています
親子で同じ問題が、連鎖していますねぇ
赤ちゃんの要求を
親が素早く、適切に行えるのか
それとも
要求を後回しにして
しばらく放置したり、ごまかすのか
これによって
子供の性格に影響するものも
かなり、変わってきてしまうでしょうね


