奪う人というのは
日常のあらゆる場面において
何かしら奪う行動をしていますね

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です 

例えば、他者を否定し
傷付ける言葉を吐くことで
相手の心地良く生きる権利を
奪ってみたり

迷惑行動をしては
人が困るのをどこか楽しんでいて
相手の体力、気力を奪っている

こういった行動を変えようと
微塵も思わず生きている人は
必ず、自分にまわり巡って
奪われることが起きていますね

何を奪われるかというと
労力、時間を搾取される出来事に
遭遇する

人から暴言を吐かれては
今度は自分がエネルギーを
消耗させられる番になる

物やお金、恋人なども奪われる
なんてことも起こりやすいです

だって、生きるテーマが
「奪う、奪われる」 なんですもの

そりゃ、いろんな場面であれこれ奪われ
そして、また奪う側に自分がまわる
なんてことが起きますよ

逆に、「与える人」 というのは
少しお話をしているだけで
この人は、他の人とは何か違う…というのが
よーく分かります

全ての行動の端々に
なんの打算もなく
与える、ということをしている
それが見えるんですね

与える、ということをしている人の人生は
例えば、家族の話、全員の気持ちを
ずっと受け止め続けてきた
自分が苦しくなってまでも

でもそれは
家族みんなが良くなってもらいたいから、という
純粋な優しさでやっている人なんだ
ということが
与えることをしている人からは
プンプン匂ってくるんですよね

もちろん、これに関しては
褒められたい
良い子の役割をしなければならない
だから、やらざるを得ない、という

それが自分にとっては
越えなければならない課題として
持ってしまった人もいるとは思うので

そうなってくると
話がまた変わってきてしまいますから
この話は横に置いておきますが
良い子の役割が悪い、というお話では
決してありません

本当に純粋に
人が喜んでくれることが嬉しい
という気持ちを持っている人って

会う人、会う人の
エネルギー上げているんだろうなって
分かるような言葉の使い方ですし
相手を気分良くさせることを
自然とやっていて

言ってしまうと
あげまんの力が
備わっているんですよね

ですから、このやってきたことの対価が
人生の中で、何かの形として
返ってきているだろうな、と感じます

人から与えてもらえるチャンスや
優しさが返ってきたり
時間と愛情をかけてもらえる
そして、仕事の功績
協力を得られる、成功報酬

こういったものにつながるんですね

奪っている人からね
私は、人のためにこれだけしました
とか聞かされたところで

それは、賞賛されたいから
それを言われたいから
やっているだけで
相手に対しての愛はないでしょう? という

打算みたいなものが
残念なことに伝わってきてしまうのです

奪う人が与える側にまわることは
人生の中でも、多々あります

やっぱり、誰かから何かを奪うって
後味の悪さ、罪悪感などが
知らずうちに体に積もっていくことで
自分への劣等感として
残ってしまうでしょうし

自分がしてしまった同じようなことを
他者から返されてしまう機会が
多いでしょうから

生きることが苦しくなって
そこから抜け出したい! という強い意志が
目覚めを起こす
ということがありますので

人が変わったように
与える側になることは充分可能です

人はもともと
誰かの役に立つために生まれている、という
課題を持って誕生していますからね

そのためにも
自分を変えていく
その目覚めが起きた時こそ

あの時、自分は奪うことしかしていなかった
だから、今度は誰かのために
お返ししたい、という
強い気持ちが生まれるようになると思うので

その時こそが
奪うことしかしてこなかった昔の経験が
良い教訓となるでしょうね

けれども、目覚めが起きなければ一生
奪う、奪われるのテーマのままです


与える愛が体から溢れんばかりだった
Nさんから頂いた、立派なうなぎパイ ✨
とってもおいしくいただきました💕