同じ出来事に対し
どう捉えるかは、人によって違います

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

それは、それぞれの気質の違いももちろんあるけれど

その人が出来事をそう捉えてしまうのは
魂の学びのためなんでしょうね

例えば
7つの習慣の中でも取り上げられていた
『 アウシュビッツで捕われの身になっていた精神科医 』
のお話

いくら過酷な状況であろうとも
現状をどう捉えるかは、その人の意思の自由だ
ということを
本の中では伝えたかったわけですね

捕われの身であろうと
その現状をネガティブなものとしてではなく
前向きな意味で捉えようと思ったら
そうすることも出来る

辛い現状だから、気持ちも辛いのか?

そこをイコールにしてしまったら
常識という名で縛られている世界から、あなたは一向に抜け出せないままです

彼みたいな人がいたからこそ
後世まで伝えなければならない
逸話となったのでしょうが

このように、その場をどう捉えるかは
その人の選択次第、というわけで

それを踏まえ
幼少期の頃を冷静に振り返ると

親はその人なりの精一杯の愛情を
子に注いでいるわけです

それに対して
充分、親がしてくれたことの愛情を分かっている
という人もいれば

何にもやってもらえなかった、と感じ取る人もいるんですね

塾や習い事にお金を掛けてもらっていても

充分な衣食住を用意されて
安心安全な領域で
守ってもらえていたにもかかわらず

何にもやってもらえなかった、と取るんです

これに対し、私は
良いとか悪いとか判断しません

ただ、何にもやってもらえなかったと感じ取らなければいけなかったのは
そこに、その人の学びがあるのでしょうから

もしかしたら、物を与えられたいのではなく
それよりも、愛されたという実感が欲しい課題なのかもしれません

アウシュビッツにいようとも
人の愛を感じ取る人もいるわけですから

人がその場をどう感じているか
あまり決め付けない方がいいでしょうね