昨日のブロクで
出来事をどう捉えるかは
あなたの意思の自由次第
と、お伝えしましたが
こんばんは
Bright Moon 松崎有里です
親から慈しみを持って接してもらっても
何にもやってもらえなかった
と、取る子もいるというお話でした
昨日のブロクはこちら
子はね、その子なりの感性を持って
親にやって欲しい態度を
期待してしまうんですよね
そして、その期待したやり方で
接してもらえなかった時に
失望した
裏切られた
といった思い込みが出来てしまうのです
それを思うと
親としては、頑張って子育てをしているのに
どこかやり切れなさが残りますよね…
子は親の態度を見て
持って生まれた課題に沿った感情が
芽生えやすい
その子がそういう風に感じなくてはならない
課題なんですね
前世から持ち越したもの
ってやつかもしれません
それは
干渉、コントロールからの
脱却かもしれない
見捨てられ感が培われ、依存が強くなった子は
愛を学ぶ課題かもしれない
裏切り、失望感を得てしまったのは
将来、支配する側
上に立つ側を学ぶ課題かもしれない
だから、親がどういう態度で接しようが
その子のなりの感性で
その場を解釈してしまうのだから
これはもう、仕方がない話でもあるんですよ

親子はまず、タイプの違う者同士の組み合わせ
生き方の癖の違う者同士だから
例えば
親は言葉よりも
行動で愛を示していたけれど
子はただ単に
言葉が欲しかっただけ
ということが起こったりします
どちらが悪いうわけでもなく
それぞれの人が
どこに価値を置くかの違いなだけ
お互い、根底には
深い愛情があるわけですね
だからね、親として出来ることといえば
なるべく子供の意向に、耳を傾けてあげる
ってことなんだと思うのです
寄り添うことが重要になって来るのでしょうね


