世の中の常識から外れることに
恐れを抱く

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

常識に添えない自分は、ダメだと自分を責め続けた結果
病気にまでなってしまった知り合いがいます

自分に厳しいといえばそうなのでしょうが
私からすると

まず、前提にある
「常識ってなに?」 という
話から始まってしまいます

世の中のみんなが
衝突せずに、気持ちよく生きて行く為のルール
という意味なんだろうけれど

世の中の当たり前は
全てが当たり前ではない

人に迷惑を掛けないで
自己責任を取れる範囲ならば

あなたの人生なんだから
好きなように生きればいいじゃない、と
私は思ってしまうのですが…

今、好きなように出来なかったら
いつやるの?

自分を解放するのは、来世なんかでいいの?
せっかく、今
自己を解放しやすい日本に生まれているのにさ
来世、どこの国に生まれるか分かんないよ?

そもそも、来世は
(魂はあなただけれども) 今のあなたではなくなるんだよ?

って感じです

時間や人や物に制限されて苦しんでいる位ならば

あなたの中の、その常識とやらを
一回見直す必要があるんじゃないのか?
と、いうことですね

ようは
常識から外れている自分が
人からどう見られているか

そこばかりを気にして
思うような行動が取れない窮屈さを抱えてしまっている

そして、そのストレスが
体を壊すというメッセージとしてまで出ているのに
自分の窮屈さを見ようとせず
まだ

○○じゃないといけない
○○するべき
に、捕われているんですね

あなたが人と変わった時間帯にお仕事しようが
石原慎太郎さんの教育なみに
子供を学校に行かさず、家族で旅行して
世の中を見ろ! 的な破天荒さだろうが

誰もとがめない

むしろ、私だったら
やろうと思っても、なかなか出来ないことを
自分を信じて進んでいて
すごいパワフルだなー

とか思っちゃいますよね

いつまでも人の顔色を伺い
自由に出来ない窮屈さというのは

恐さゆえに
行動しなくてすむ言い訳にはなるけれど

行動しないことによるストレスも発生するという
悪循環も抱えることになる

このような人生と

みんな自分のことで精一杯だから
私が何をしてようが
きっと、どうだっていいんだろうし

だったら、好きなことを思いっ切りやって
心を解放して
人の顔色なんか
別になんだっていいやー

という人生

天秤があるとして
どっちの人生の方があなたにとって
快適であるのか

ストレス発生して体壊す位に
思いつめるのなら
人の顔色伺うのやめちまえよ! (笑)

制約に縛られ過ぎて、思うように出来ないのと
自分に正直で、開放的な日々を送るのと
どっちがいいんだよーっ!

って感じです (笑)