胎内記憶のある子供に聞くと

人の役に立つことをしに
生まれたと言います

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

次の目的は

お母さんの役に立つこと

これをやりに来ているんだそうです

これが前提としてあるのならば

子供はどうしたって
母親が苦労していると見えがちで
胸を痛めてしまう

お母さん本人は
以外にあっけらかんとしてたりするもんなんだけど

だから、お母さんが大好きだという人にとっては
お母さんを悲しませる人が
悪に見えてしまう

例えば
お母さんがお父さんとケンカをしていたとしたら
お父さんの悪い所しか
目に映らなくなってしまうのでしょう

でも、本当はお父さん
そんなに悪いことしてなかったかもしれませんよ?

楽しかったこと
抱き締めてもらったこと
遊んでもらったこと

本当はお父さんに
やってもらったことは多かったかもしれないのに…

脳の中では
焦点を当てているところだけしか認識しないため
怒りの記憶に焦点が当たっていたとしたら

実は、お父さんの良いところも見えていたのに
いろいろやってもらっていたのに…
という記憶をはじいてしまいます

だから、私はお父さんから
あんまりやってもらったことがない
と認識してしまうのです

子供は悲しい、寂しいなどの個人感情を交じらせた目で
親を見てしまいますから
余計にそう見えてしまうのもあります

子供の頭の中では
おそらくこういうことが起っているけれど

例えば、夫婦間で
一時、夫が荒れていようと
それが人生の中の一環で
大きな流れとして必要な道のりだったならば

大人は覚悟を決めて
相手を受け止めてあげることが出来たりします

大人の能力の良い所は
生きて行く世界を選択出来なかった、小さな頃の自分と違い

自分の力が必要な人の為に
自分はどうするのか、選ぶ目があり
行動する力があるということ

相手を許す寛容さや、心構え
逃げ出さずに努力することを選択し
相手を支え、自分が成長する

喉元過ぎてみれば
あの時は大変だったけれど
何とかなったね、って
大人は笑う時が来ることもあるけれど

子供の繊細な目では
その時の場面が
世界がひっくり返ったような出来事として映ってしまうから

だから、自我形成されてしまったあとも
その時の記憶を、強烈に引きずってしまうのかもしれません

あの出来事は
「自分の大事なお母さんを傷付けた出来事」 として
いつまでも根強く残ってしまうから

たった一時、家庭が荒れただけだったとしても
その記憶が邪魔をして

お父さんの本当の姿を
見えなくさせてしまうのかもしれない

やっぱり
人間の記憶はちょっと曖昧でいい加減

だから、自分の子供の頃の記憶を
親に聞いてみて欲しいのです

あんなことがあったと記憶しているけれども
本当に起っていたのか?

あの出来事で自分はこう思ったけれど
お母さんはあの時どう思っていたのか? って

結構、親との認識の違いが出て来て
自分が勝手に作り上げた感情だったんだな、ってことが

もしかしたら、あるかもしれませんね