こんばんは
Bright Moon 松崎有里です
心配されると
不思議とイライラしてしまう
優しさのはずなのに
素直に受け取れず
距離をとってしまう
そんな自分に
罪悪感を抱えている人がいます
でも、それは
ただのわがままな反応では
ありません
むしろそこには
深い心の記憶が
隠れていることがあります
たとえば、幼いころ
親に心配されたとき
それはいつも
監視とセットになっていたかも
しれません
どこに行くの
誰と会うの
なんでそんなことしたの
親の心配の裏にあるのは
あなたの自由を奪う言葉でした

または、心配の声とともに
急に機嫌を悪くする
母の顔を見てきた人もいます
すると、あなたが困っているとき
助けを求めることが
逆に重荷になってしまいます
そうして
心配かけてはいけない
弱さを見せてはいけない
そんな思いが
深くしみ込んでいったのです
だから、いまも
心配の言葉に
あのときの窮屈さや
罪悪感がよみがえり
不快さとして
心に触れてしまうのです
けれど本来、心配は
あなたの存在を気にかけているよ
という温度のあるものです

もし、心配されるときに
モヤッとしたら
これは、いまの私への言葉だろうか?
昔の誰かの顔が
心の奥に浮かんでいないだろうか?
そう問いかけてみることで
少しずつ、自分の感情を
取り戻していけるのではないでしょうか


