自分を可哀想な立場に
仕立て上げて
一心に愛を集めるやり方の人がいます

こんばんは
Bright Moon 松崎有里です

愛と言っても
異性からのものだけではなく
もちろん、親からの愛を得たい人も
含まれます

こんな可哀想な私なんだから、優しくして

可哀想な私を
あなたは見捨てるの?

あるいは
あなたのせいで、私はこうなった! という

相手を責めることを、正当化するために
可哀想な自分を
演出する場合もあります

被害者になることで
家族や伴侶、恋人を
思いっきり、責めることが出来る
という名目を
獲得出来るわけですものね

しかし、これは相手と
真っ向勝負、というやり方ではないので
関係性はこじれる、と
確実に言えます

やっぱり
素直な言葉と態度で表現しないと
そりゃ、こじれますものねぇ

でも、これらの思いの数々は
幼児の頃の自分の
愛の獲得方法、戦略だったわけです

どのようにしても
親から愛されることがないと、
感じてしまった人が

罵られたり、殴られているうちは
注目してもらえる
無視されるより余程いい
と、思ってしまったら

自分が可哀想な立場ならば
相手にしてもらえる、という

幼児の頃に出来てしまった価値観
幼児決断の元に
どうしたって、行動してしまいます

でも、これらを
無意識でやっている人は
気を付けた方がいいかもしれません

なぜなら
自分が、可哀想になれるシチュエーションを
見つけ出すのが、本当に上手なので

悲劇のヒロインになってしまうような
日常へと
どんどん傾いてしまいます

可哀想になるためならば
どんな行動も取るので
自ら問題を
どんどん大きくしてしまいます

家庭環境での問題も
最初は、難しくなかったはずなのに
ドロ沼化する方向へと
行動を取りますし

人間関係も
どんどん、こんがらがって行きます

そうすると、社会の中の
どんな場面でも
この癖は、出てしまいますので

結局
職場でも、恋愛でも、夫婦関係でも
面倒な方向に行きやすくなります

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これは、自ら
不幸体質にしているようなものですので

わざわざ、自らを犠牲にせずとも
愛というのは
すんなり得られるものなんだ、ということを
体に覚えこませるために

幼児の頃に出来た価値観を
変える方向に動いた方が
いいでしょうね

全くの無意識の内に
動いている自分の行動を
見つめ直さないと

昔と似たようなパターン
似たような不幸が降りかかってくる
という人生から

いつまで経っても
抜け出せないままとなります